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help RSS 現場を生き生きと(局長賞受賞報告会での講演からの抜粋)

<<   作成日時 : 2012/01/30 15:38   >>

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9本の受賞報告を聞かせていただき、現場が大きく育っていると思いました。どちらかというと、現場は、勘や、経験そして度胸で実践がなされていたきらいがありましたが、いわゆるエビデンスに基づいた発想に変化してきていて、とにかく大変だというその主張が影をひそめ、どうしたら利用者にいいサービスが提供できるのかというとらえ方に大きくシフトしたといえるように思います。

現場の報告の重要性は、それが社会とのパイプになるからです。社会の人々は、現場というところがわかっていません。おむつ交換をする場所、食事介助や、入浴介助、レクレーションを提供する場所というようなイメージはあるでしょうが、詳細は分かっていませんし、ましてやこのような取り組みがなされているということはまったくわかっていないと思います。

このようななかで、こういう感心する報告は、社会の人に現場の見方を変えてもらえる機会になります。そして現場のファンになってもらい、政治や制度を変えるパートナーになることもできるのだろうと思います。

その意味で現場からの報告はとても重要です。

その報告ですが、みなさんのお話をきいて、マサチューセッツ工科大学のドナルドショーンの言葉を思い出しました。

テクニカルエキスパートからリフレクティブプラクティショナーへ。

理論を現実に提供しようとする専門家から泥沼の現実状況の中で、クライエントとともに格闘し、新しい知見や解決を見出していこうとするも考え方で、専門職の位置づけの大きな転換といわれています。


話は変わりますが、厚生労働省は、いわゆる人工栄養(鼻腔や胃瘻など)の考え方のシフトチェンジを図っています。

昨年12月に日本老年社会科学会が出して。そのガイドラインンの案によればこんなことが書かれています。

ガイドライン2 いのちについてどう考えるか

「生きることはよいことであり、多くの場合、本人に益になる=このように評するのは、身体的生命が不可侵の価値を持つからでなく、本人の人生のが生きがいのある、前向きに生きられる状況である限り、より長く続いた方がよいという価値観が私たちの文化において支配的であるからにほかならない。(注釈で以下のように解説:『死はいかなる場合も、ぎりぎりまで避けるべき悪である』という思いこみから、医学の専門家も、素人の市民も解放される必要がある』)

つまり、ただ長らえればいいのではなくそこに必要なことは本人に生きがいのある、前向きの状況がある時のみ高齢者の場合は『生きることによいことだ」といっています。

”命は地球より重い”という金科玉条の錦の御旗を掲げてきたその姿勢を転換し、ひとりひとりに即して、考えて行動すべきではないかということだと思います。

さらにずいぶん踏み込んだ表現も使っています。

『死を先送りしようとする医学的介入は、本人を人間として苦しめること、弄ぶことであって、その尊厳に反しており、本人に対する虐待」

漫然と死を先送りすることは、本人を苦しめることで、それは虐待なのだと。

正直、私はこの表現は驚きました。

ヒポクラテスの誓い以来、医療は命を永らえさせることに最大の価値を置いてきたのだと思うのですが、それは高齢者に限って言えば、そうではない。そういう態度の中で高齢者を虐待している場合もあるんだというこのメッセージはある種の革命的な転換です。

つまり、ここで強くいっているのは、高齢者のケアは、一人一人に即して、本人家族の気持ちを最大限おもんぱかって、尊厳ある生を全うするために、本人家族とのコミュニケーションが必要だということでしょう。

まさにショーンがいうように専門家がよかれと、またhが従来の価値観によりかかるのではなく、現実の状況と向き合い格闘する、つまり、傷ついたり、喜んだり、悲しんだり、笑ったりしながら、利用者家族と真剣なコミュニケーションが必要なのだといっているのだろうと思います。つまり我々は、問題をクライエントと一緒に解決する協働参加型問題解決実践家(専門家)ということです。

その意味で、時代は大きな転換点になっているのだと信じています。

そしてここで重要なことが、ひとりひとりとそして対話やコミュニケーションです。

大庭健さんは、責任は『呼びかけ応えるという関係そのもだ」と言いました。

今日の報告を聞いていてまさに「見てしまったものの責任(小倉譲二や原田正純)」として一人一人に向き合いそして対話を重ねてこられたのだろうと思いました。

心理学者の榎本博明さんは、過去のいやな問題も今よき思いでに変えることができるといました。

そのためには、高齢者自身が超然とした気持ち(ま、いいか)と周りの人との生き生きとした関係が必要だといいました。

つまり生き生きとした関係が今、築かれれば、いやな思いでも、「あれがあったから、今の私があるんだ」と言えるというのです。

そうです、みなさんの取り組みはまさにこの生き生きとした関係づくりでもあった。そしてこの関係の中で、高齢者が変化し、その変化に呼応してみなさんも変わっていったその過程そのものだったように思いました。

人生をまもなくクローズする高齢者。最後にだれと会い、そして命をどのよに閉じているか、とても考えさせられました。

誰もが変わりたいという呻きをもっているのだなとも感じました。


抜粋・・・

次回は2/2木曜日に1/29に開催したスピリチュアル研究会の模様をアップします。

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