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zoom RSS 「共感」「傾聴」はいつしか変質してゆく

<<   作成日時 : 2012/08/16 10:19   >>

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貧困の理由をまじめに生きようとしたか,しないかで、対応も変えた、その貧困観は、公的救済が始まってから、中心的な価値になっていたのではないでしょうか?

 そもそも働けるのに働かない者へ対しては、厳しく対応していました。旧救貧法では、院内処遇原則が貫かれ、ワークハウスという労役場で厳しい労働を強いてきました。ここからは私の思いですが、それはまるで、“社会が貧困を安易に救ってしまい痛い思いをさせないのならば、我々がどこまでも痛い思いをさせて、甘えた根性を変えてやる”というような仕打ちそのものでした。飢餓のムチがないのであれば、我々がムチを使うとでもいうように。

『人は甘えているから働かない』、という考え方は、多分、ずっと、今も、もしかしたら、これからも、我々の中に連綿と引き継がれているし、引き継がれるのかもしれません。

イギリスにおいては、救貧施策は、上述したように二重構造になっていました。それは明らかにプロテスタント倫理の反映、すなわち宗教改革の影響がよみとれます。

この貧困を二重の視点で評価し対応することは、これからずっと続くわけです。

これからはまず、国家救済が相対的に小さくなる中で生まれた慈善運動であるロンドンCOSからこの問題を学びたいと思います。

 COS(慈善組織化協会)は、1880年代〜1900年代にできた、慈善団体の組織化統一化を図る団体で、ここで行われていた友愛訪問が、ケースワークの始まりといわれ、その後の社会福祉実践、ソーシャルワークに強い影響を与えました。 

この団体について、今日は、山本卓先生の「ロンドン慈善組織協会(COS)と『尊厳ある』失業者」という論文を参考にしながらまとめてみたいと思います。

イギリスは、1873年から87年にかけて景気後退の時期になり、失業者が増大します。この原因を資本主義の構造問題として訴えていた社会主義勢力は力を持つようになります。この状況を気にかけていた時の政府は「自立的であろうとしているにも関わらず、ほとんどもっぱら経済的理由で失業した労働者たちの生活改善の必要があるという意識に変わっっていった」と言われます。

この「経済的理由で失業した労働者たちを「尊厳ある」とか「支援に値する」失業と呼んでいたのでした。これらの人々はある種、資本主義の犠牲者であったので、救貧法での救済による「スティグマ(侮辱された、恥辱的に感じる事、またはその印)を伴うような救済」ではない方法を模索するようになり、これに対応したのが慈善団体といわれています

この人々の反対にあるのが「尊厳のない」「支援に値しない」という物乞いなどを行っていた人々でした。

1869年に設立されたロンドンCOSは、支援に値するか否かをケース分類し、支援に値する貧民の救済を行い、値しない貧民は救貧法の懲罰的処遇にゆだねることになりました。
このケースごとの分類作業を「ケースワーク」
とそもそもは呼んでいたのでした。

この辺のところは既に述べたのでしつこいようで、すみません。

しつこいようですが、この分類作業を科学的慈善思想と呼んでいました。

このケースワーク、つまりは友愛訪問活動を支えていたのが、篤志家であり、」彼らの目的は「被支援者を道徳的に感化することを通じて社会的な倫理改革を成し遂げること」とされています。ここで重要な言葉が「友となる」「共感する」「忍耐強く耳を傾ける」ことであり、人格的な影響を被支援者に与えようとしていたと理解できると思います。

このような中で、慈善団体のネットワーク化が図られていないことからくる、漏給や併給などの問題が、被支援者の自立を損ねているという指摘から、COSが調整機能を果たし、それがコミュニティーオーガニゼーション(地域組織化運動)の始まりともいわれています。

山本先生の資料によれば「(友愛訪問活動は)シチズンシップを教える」すなわち「道徳的な感化それ自体が目的であり、そこでは階級間に深い溝が存在するという認識が出発点とされ、社会的分断を意味するこうした溝は解消されなければならないという見地から、階級間の人間的なつながりを「再構築」ことが主張された。さらにソーシャルワークは、支援者自身が「学び」、また「精神を涵養する」機会としても位置づけられた」としており、この意味においては、現代のソーシャルワークの価値と共有する部分もあったのだと、私は思いました。

しかしそれが貧困の拡大の中で、価値ある貧困者を救済することは、貧困者に自助を身につけさせようとしたCOSのあり方に不信感がでてきたとされています。すなわち、COSは困った人間を見捨てている、自立の大切さは説くが、何もしてくれないではないかという非難でしょう。
そしてさらにCOSは、“価値ある、価値のない人間への選別”に血眼になり、それが市民の強い憤りの対象になっていくわけです


この審査は山本先生よれば「耐え難い屈辱感」を与えているとされ、「この審査は貧困者の経済的な条件を考慮することなく、対象者の道徳的な資質だけに関心を集中させるような審査がCOSの階級制の表れとみなされ・・・この協会への憤りの対象となった」のだといいます。

本来はケースワークを通して階級社会の解消を狙っていたのに、最終的には、ケースワークが階級社会を露わにさせてしまったという皮肉がここに存在するのです。

このような中から対象者を倫理的基準で選別するやり方そのものに対する終焉を迎え、サービスは普遍化の道を歩みますが、しかし同時にCOSに代表されるような慈善団体も公的サービスとの協働や補完として形を変えて生き延び、現在に連綿と存在しているのです。

次回は、救貧法撤廃に動いた熱き男ジョージ・ランズベリ(George Lansbury,1859-1940)の熱いそして徹底して弱い人々からの視線を大切した思いに触れようかと思っています。


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