NPO法人ひとりとみんな ブログ 

アクセスカウンタ

zoom RSS 正しさすなわち正義の『義』の問題

<<   作成日時 : 2012/08/09 09:06   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 2 / コメント 0


 このリフォーメイションが、救貧法の制定に影響を与えたのはなぜかです。

ここで考えなければいけないのが、働くことは何かという根源的な問いです。

救貧法が制定される直接的な要因は、いわゆる囲い込み運動があったとされ、これによって農地を失った農民が大量にロンドンに流入してきたことからくる治安問題に対応する必然があったといわれています。

この囲い込みも歴史の流れでは、Reformationに組み込まれていたのかもしれません。

新しい世界へのスタートとは、この時代のヨーロッパにおいては、ローマカトリックとのある種の決別ではなかったのかと私は思います。

この言葉が強すぎるのならば、コンサーバティブな勢力からの解放とでもいいましょうか。

世の中を変えたい、何とかしたいという思いは、まさにうねりとなってヨーロッパの政治経済、文化、社会生活に押し寄せてきたのでしょう。

このなかで、救貧法を考えるべきだと思うのですが、話を囲い込みに戻すと、大量の失業者が、ロンドン市内を闊歩し始める。史料(資料)ではそこにおいては、たくさんの人が犯罪者として処刑されていると記します。だからどうしても、貧困者を取り締まる法律が必要だったのです。

そこでこのコンテクストを完成させるために引用されたのが宗教改革でした。

それまでローマカトリックの十八番であった慈善を形骸化させる意味での「神の言葉に戻ろう」というテキストは、貧困者を取り締まりたいと考える為政者にとっては願ってもいない大きな理念の提供だったのではないでしょうか?慈善こそが人を堕落させるのだという宗教改革の教えは新しい世界を作るうえで重要な概念だったように思います。

神の救いとしてのカトリック修道院の慈善(修道会の慈善活動それこそがいいことをしていると誰もが考えていたこと)そのものを否定するありようは、働くことの意味と意義の再定義を迫ることでもありました。

 ここからはルターやカルヴァン(初期改革の指導者)のことばから少し学んでみましょう。

ただ私は、ルターやカルヴァンを研究する専門家でもないのですが、資料を漁って今考えていることの一部を述べます。

ルターは、前述したように、カトリックの堕落に強い憤りをもっていました。その典型がいわゆる「免罪符問題」です。彼はこれを不義(正しくないこと)としましたが、前述した徳善先生のご本を読んでいるとルターが『義』(正しいこと)について、相当悩んでいたことが書かれています。

 そもそもルターという人物は、相当真面目な方だったようです。

前出の徳善先生は次のように述べます。「修道士(ルターが修道院の修道士であったことは既にお知らせしています)たちは「清貧」「貞操」「服従」の三つを理想とし、神の前では自らが取るに足らない者であるあることを心に刻みながら、日々の生活を厳しく律して生きていた。ところがルターは、完全さを求めるあまり、自分にはまだ努力が足りないと思い、より一層過酷な苦行を自らに課した。それが「義の神」に対する修道士の務めと考えていたのである」
「ルターの言う『義の神』とは「正しさの神」と言い換えてもよい。この神は、自らの意志と能力をもって努力する人間は「正しい」と受け入れる一方、努力を怠る人間には怒りをもって裁きを下す神である。」(前述書PP35〜36)
 すなわち、ルターは、まじめに一生懸命生きれば神から祝福され、努力をしない者は神から罰せられる、という神だとすれば、「私」すなわち、ルターは努力が足りない、だから私は早晩罰せられると考えていました。しかしその一方ではその「裁きの神」は「恵みの神」ではないのかという問の中でとことん苦しむのでした。 この深淵な矛盾を抱きながら彼は、悶々として生きるのですが、彼はある日、ふと考えます。

そもそも義というのは、人間の側の行為の問題なのかと。いいことをやったから、救われるというようなことなのと。

徳善先生はこの大きな転換点を次のように書きます。「神の『義』とは、これまで考えられたように、人間の行いや努力が神に受け入れられるか否かで明らかになるものではない。神の『義』とは、神からの「恵み」であって、それはイエス・キリストという「贈り物」として人間に与えられるものである。・・・神の『義』と『救い』という、互いに矛盾するように見えたものが、実は「キリスト」を介して一つに結びついていると気づいたのである」すなわち、神は「恐ろしい『裁きの神』」ではなく慈しみ深い『恵の神だった』(P38)と気づくのでした。

ルターは、神をそのように考えてみた。そしてその中に、人間の在り方を位置づけようとしたのでした。


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(2件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
オークリー レンズ
正しさすなわち正義の『義』の問題 NPO法人ひとりとみんな ブログ /ウェブリブログ ...続きを見る
オークリー レンズ
2013/07/05 21:59
VISVIM サンダル
正しさすなわち正義の『義』の問題 NPO法人ひとりとみんな ブログ /ウェブリブログ ...続きを見る
VISVIM サンダル
2013/07/10 00:13

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
正しさすなわち正義の『義』の問題 NPO法人ひとりとみんな ブログ /BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる